‘ロナウディーニョ’か、それとも、‘ロナウジーニョ’か

「ジ」でいいんだよと教えてくれたのは、アドリアーノだ。私のあごを持ちそっと耳元でささやいてくれたのではなくて、イタリアのバラエティショーでの一幕で、なのだが。

「イタリアで一番素晴らしいキーパーは誰ですか」とマイクを向けられたアドリアーノが挙げたのは、イタリア代表のブフォンでもなくトルドでもない。インテルであるにもかかわらず、敵チームの男の名前を、前をきりりと見て言った。
「DIDA(ジーダ)」
ACミランのキーパーだ。ブラジル代表キーパーでもある。
「え、じ、じい?」 
誰だそりゃ、という顔の司会者に対し、アドリアーノは表情を変えない。
「ジーダ」
「じ・い・だ・って、あのDIDA(ディーダ)じゃないのか!?」
司会者の詰問にも揺らがない。アドリアーノの決意は固い。
「ジーダ」

ブラジルでは「DI」は「ジ」になるのだ。サウダージの「ジ」だ!(もっともこれはsaudadeと綴るのだが)。「ダヂヅデド」はあれでよかったんだと膝を打ち、ミランの試合を見るたびに、きちんと「ジーダ」という名を声に出すようになった。
そして「ディ」か「ジ」かで悩み続けていた‘Ronaldinho ’は「ロナウジーニョ」と呼ぶべきなのだと知った。

ジーダもアドリアーノもファベーラ出身だ。‘ファベーラ’といえば、‘シウダ・デ・デウス’。一度入ったら生きて帰れないこともある貧民街のことだ。ロナウドもしかり。ロベカルもしかり。3人とも1970年以降生まれだ。ロナウドの家はバス代さえないため、サッカーの才能を早くに見出した隣町のチームに誘われても参加することができなかったと聞いたことがある。ロベカルは、そもそも靴を買う金さえ家になかったという。ジーダはミランで稼いだ金をお母さんに送っている。ジーダのお母さんはファベーラから出て、どこか安全な土地に家を買ったことだろう。

ファベーラ出身でないのは、ロナウジーニョだ。1980年生まれであるジーニョは、1982年生まれのアドリアーノより二つ年上。彼は小さい頃から貧困を知らなかった。なぜなら、ファベーラ出身の父親がかなり名を挙げたサッカー選手で、儲けたお金で安全な土地に引っ越したからだ。そこに、プールつきの豪邸を建てた。ロナウジーニョの鷹揚とした雰囲気には、やはりわけがあったのか! ロナウジーニョの父親は、こともあろうに、自分が作ったプールに溺れて死んでしまったのだ。

貧困のどん底を生きたであろう父親は、サッカーで名を挙げ、血と抗争にまみれたファベーラからみごとに脱出し、成金の象徴であるプールつきの家を手に入れ、それに溺れて死んだ。息子が1980年生まれということは、自らは1950~60年代に生まれたはずだ。映画
‘シウダ・デ・デウス’のまさにその舞台に生きたことになる。銃と麻薬と鶏と。ファベーラに生きなくとも、猥雑な喧騒を懐かしむ気持ちは、ロナウジーニョにあるのだろうか。皮肉な死に方をした父親を、どのように哀れんだのだろうか。

ロナウジーニョが、よく笑い、そして文句を言わないということは、そのあたりに鍵があるのかもしれない。
[PR]

by hamster_paso | 2005-01-29 08:28 | サッカー Futbol