ロリコン告白

小学一年生や六年生が相次いで殺されたのを見て、やりきれない気持ちになっているのですが、皆様もきっと同じではないかと思います。

今回日本に戻ってくる前も、欧州でも、よく少女を狙った事件が報道されていたので、これはかなり、世界的な傾向なのかもと、ぞっとします。

欧州では、恐ろしい事件ばかり、耳にしました。
ベルギーでは、10年近く前に世にも恐ろしいロリコン事件が起きていました。少女を何人も誘拐し、地下室の壁の後ろに監禁。食事も与えずエロビデオを撮影。随分えげつないものだったらしく、何人かの女の子は命を落としてしまったのです。これは、ベルギー皇室も巻き込んだ、ロリコンエロビデオ・シンジケートの仕業だったということで、裁判が難航していたとか。被害者のうち、生きて帰った女の子は二人だけ。彼女達はもう立派に成人し、堂々と裁判の現場で犯人を睨みながら証言していました。そのうち一人はかなりの美人で、マスコミの取材にも美しい笑顔で接していた姿が、痛ましくも、強さを感じてかっこよかったです。

メキシコのある村では、ここ数年、女の子ばかり誘拐され、数日後、惨殺死体となって発見される事件が頻発しているとか。被害者の母親の一人は、被害を食い止める国際協力を願って、スペインで訴えていました。この村での少女誘拐の目的もまた、エロビデオ。エッチしながら殺すのか、先に傷つけておいて殺すのかはよくわからないけれど、血まみれのイニシエーション・セックスらしいです。

このように、世界の多くの国で、子どもが誘拐されたり、失踪したまま帰らないケースが多発している模様。

こんな状況の中、あることを思い出します。

わたし、以前、チャットで知り合ったひと回りも年下の男の子と“デート”したことがあるんです。デートといっても、お茶を飲んだり、おしゃべりしたり。おねーちゃんと弟みたいな感じ。かわいい大学生だったし。
いろんな話を聞いたのだけど、その中でもかなりびっくりしたのは、彼のロリコン告白。
お姉さんなら相談できる、と思ったのかもしれません。でも、やっぱり、動揺した。

彼がもっているなかでもお気に入りのロリコン本やロリコンビデオも見せてもらったし。
ロリコン本は、写真集なのだけれど、写っている子どもたちが、タイやフィリピンあたりの子たち。
写真家がどこの国の人かはわからないけれど(多分日本人だと思うけれど)、写真機持ったお兄さんが、やさしく、「服を脱いで」「こうやってみて」「ああやってみて」と話しかけながら撮影したんだろうなあ、と感じられる写真集でした。
彼女達、写真撮られたあと、お金もらったのかなあ、お父さんとお母さんに話したのかなあ、それとも、今頃、トラウマ感じているのかなあ、まさか売春婦の娘で母親の承諾もあったり、あるいは母親同伴の撮影ってことは、ありうるのかなあ、といろんなことを考えてしまいました。

その大学生のPCに入っていたビデオの方は、ロリコンサイトからダウンロードしていたもの。ロシア風の10~12歳ぐらいの金髪碧眼の美少女が、イスに座って足を開いて、自分でやっているというもの。それだけを延々と映したもの。この女の子の目は、完全に行っていて、うつろでした。薬も打たれているのかなあ。痛々しいエロティシズムっていうか。う~ん。この子、ぜったい、トラウマになるって思いました。今、まともに生きているのだろうか。

で、やっぱり、わたし、こういうものを見せられた直後、見せてくれた男の子の顔を、まじまじと、眺めてしまった。
この子、大人の女性を、多分、愛せないのではないか。「彼女はいる」と言っていたけれど、彼の恋人もまた、子どもみたいな女の子なのかも?
お姉さんとしても、妙に心配になって、いろいろとぶしつけな質問、してしまったっけ。

「でも、もしかして、子供達って、駆け引きなくて純粋だからいいとか、そんなの、あるの?」

その質問に、この子はこう答えました。

「うん、そうなんだ。すごく純粋だからいいの。幼稚園とか通りかかると、もう足がすぅ~と、そっちのほうへ行ってしまうんだ」

わたし、この子を助けるというか、変えてあげるのは無理、だと思いました。
もう、幼児が純粋でかわいくて、性の対象なんだと、心の深いところにインプットされているみたいだったし。そんなの変えるの、ぜったい無理でしょ、私が何を言っても。

でも、「自分はぜったいイタズラとか、暴力とか、そっちの方面へは行かない」、とも言っていた。それを信じるしかないし、その大学生の男の子は、やさしい性格だったから、今はもう卒業して就職してもしかしたら結婚もして子供もいるかもしれない。幼児を思って悶々しながらも、幸せに暮らしていると、信じたい。

でもな~。重く引きずるある種の感情だけが残る。人間って、怖いよな~、っていうか、その種の、どうにもならない感情が、のしかかってくるなあ。

先日、毎日新聞で読んだのだけれど、ペルーのヤギだかヤキだかというあの男性、祖国ペルーでも、女の子の腕にナイフで切りつけ出血させたまま、ヘンタイ行為をしていたらしい。その女性は成長し、いまは幼稚園の先生になったけれども、トラウマに苦しみ、極度の男性不振に陥っているという。この話に、以前読んだ小説を、すぐさま思い浮かべました。

その小説とはマルキド・サドの「新・ジュスティーヌ」。
この話の中では、「寫血」だっけジュスティーヌという美しい召使や、少女たちを、両手を天上から縛り、両腕に傷をつけ、血を噴出させたまま、貴族が強姦するシーンがあり、ゴーカンには、女性の貴族も加わっていましたっけ。手元に本がなく記憶のままなので心もとないけれど、私の脳裏には、そういうシーンがしっかりと焼きついていますよぉ。この本で、「瀉血」ってことば、覚えたんだもの。「埒(らち)をあける」ということばも。

マルキド・サドは、男もオンナも、人間は一様にヘンタイで恐ろしい生き物だと、言いたかったのかもしれません。
サドの原作を元にイタリアの映画監督パゾリーニが作った映画のなかには、拷問として、裸の女に“う○こ”食べさせるシーンもあるのですが、見ている人にとってもゴーモンでした。わたしは「あれはチョコレートだ。本当は甘いのだ」って、自分に言い聞かせながら冷静に見るように努めていましたよ。ああ。

難しいなあ、人間って。こういう、白い目で見られがちな映画や小説の中にいるような人が、隣に住んでいるかもしれないわけだし。
とはいえ、白目がちで見られる小説や映画に限って、人間の本性を真正面から突いているわけだし。
気が強い人がそういうのを見たら、真剣に哲学っぽくモノゴトを考えられるかもしれないけれど、弱い人が見たら、気が狂ってしまうかもしれないし。子どもには、見せられないし。

今日の毎日新聞で、すごくいいことを書いている人がいた。ルポライターの毛利甚八という方。
子どもがそろそろ帰る時間というときには、近所の人が庭いじりとか植木の世話でもいいから、それとなく外に出て、それとなく子供たちを見張ってやろう、ということ。
すごく簡単なことなのに、今の社会には失われた習慣かもしれません。健康的で最も効果的な方法だ!と、この意見を読んで、私は感動さえしました。

他の注目したコラムには、学校帰りにバスで送迎、という案に対して、「子どもが学校の帰りに林に入ったり犬の頭をなでたりとは、きわめて健康的なこと。それを安全な環境中でさせてあげるのが大人の役目」という話も。
昔からロリコンはあったと思うし、それを根絶することなんてできないけれど、健康な社会を取り戻すための努力は、大人にはいくらでもできるのかもしれません。

あの塾の講師にも、お姉さんというか、相談できる誰かがいたら、もしかしたら救われていたかも。
わたしも、あのロリコン少年に超久しぶりに電話でもかけて、「元気?」って声でもかけてあげたほうがいいかなぁ。でも、もう失ってしまったんだ、あの子の電話番号……。
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by hamster_paso | 2005-12-13 12:56 | 日本の問題 Japon