やりきれない・・・「fidele」と「infidele」の境界線

香田さんが、星条旗の上に横倒しにされ、クビを切り始められたとき、どんな気持ちだっただろう、
どんな痛さなのか、
それともすぐに気を失ったのか、
かなり深く切られるまで、意識はあったのか、感覚はあったのか、、、、

インドのジャイプールとモロッコのメクネスで、祈りながら羊の喉をかき裂く儀式を見た。一つは犠牲祭で、一つは結婚式でのことだ。
クビに刃を当て滑らした瞬間、羊の首から、血しぶきが飛んだ。
刀を持った者と羊を押さえる者の顔と服は一瞬にして返り血を浴びた。
羊は目を大きくむき出し、あらん限りの力で壁を蹴りまくった。
ジャイプールでは、車庫で儀式が行われたので、羊が壁を蹴る振動で足元が揺れた。
男たちはあわてて足を押さえようしたが、激しさで押さえ切れなかった。
振動はしばらく続き、次第に弱くなっていった・・・

チュニジアで親切にしてもらったチュニジア人から手紙が来たとき、
「fidelite」という言葉が何回も強調されていたのに驚いた。
「ami fidele」(親愛なる友)とも何度も書いてあった。
この手紙によって、「fidele」という言葉がイスラム教徒にとってとても大切な意味を持つのだと知った。
「fidele」は忠誠、信者を意味する。忠誠を誓った者同士の魂の結びつき。契り。
裏切りは許されない。裏切り者には死を以って制裁する。重い言葉だと、知った。

この「fidele」こそ、イスラム教徒との付き合いの中でもっとも大切な概念だとさらに納得したのは、彼らイスラム教徒がアメリカのことを
        
「infidele」(異教徒)

と呼んでいると知ったときだ。

どこかで「アメリカと同盟を結んだinfideleな日本
書かれていたことを思い出す。
やばい、と思った。

今日のネットニュースで、日本政府が身代金を用意していたことを知った。
人質実行者たちは、金を断った。
烙印された「infidele」を覆すものなど、ないのかもしれない。
カネなんか、糞食らえ!なのかもしれない。
一度「fidelite」を失ったら、許されるすべはないのかもしれない。

4月の人質事件が無事解決した後、身代金を払ったからだ、という話が出たが、もしかしたら、そういう見方は、人質実行者に対しての認識が甘いと言うべきなのかもしれない。
カネで解決できた、と思っていたこちら側の心が汚れきっているのかもしれない。

あのとき、彼らはまだ日本に対して「ami fidele」(契りを結んだ友)として受け入れてもいい余地を残していた、カネと引き換えに命を助けてやってもいいぐらいの憐憫は持っていた、だから、5人の命は助けられたのではないか。

「fidele」の心を、侮ってはいけないのだと痛感した。
カネで人の心は買えないのだ、ということを、少なくとも、わたしは思い知った。

薄汚い心を抱えて生きている自分が、途方もなく、情けない。
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by hamster_paso | 2004-11-03 00:01 | 日本の問題 Japon