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天使の羽根!

パゾの羽根、大公開!! そうです。うちの天使は、このパゾ君で~す!!
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雪ならぬ、綿にまみれて聖誕節のご挨拶・・・・・・おめでとう!
     パゾはいつも動き回っているので、写真を撮るのに一苦労。
     しかし、やっと真正面が取れたと思ったら、今度は陽が半分しか当たっていないし。
     (あ、わたしの光の加減が下手なだけか・・・)
     でも、この目がとってもいいでしょ!? やる気まんまんのパゾ君です。
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そんな天使の住むお城は、ここだ!
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パゾがもらった一足早い贈り物は、右の白い寝床と、遊び場へ行く土管ならぬチューブ。
もともと左の青い巣で寝起きしていたのだけれど、白い寝床をもらったその晩、さっそく、綿とえさを頬っぺたにいっぱい詰めて、真ん中のチューブを行ったり来たり。
青い巣に残したものは嫌いな食べ物と糞のみ。完璧なお引越しでした。お見事、パゾ君!!
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by hamster_paso | 2004-12-25 22:27 | foto hamster paso

【写真】 この人たちの、聖誕節

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左のおばあさんは、近所のロマーノだ。「ポルトガル人」と地元で呼ばれている。
初めて会ったのは、家の裏の教会の前。石段に腰掛けておばあさんは毎日編み物をし、編んだ鍋敷きやテーブルクロスなどを売ったり、物乞いをしたりしていた。
「ああ、ジプシーか」なんて思っていたが、実は家の裏のアパートに孫2人と住んでいることがわかった。上の孫は10歳のお姉ちゃん、下の孫は6歳の弟。

踊り好きの孫たちを知ったのは、村祭りの夜。サルサやケチャップなどスペインの流行歌にあわせて他の子どもたちと舞台で踊りまくる姿に、かつてピンクレディーを踊っていた自分を重ね、たちまち目に入れても痛くなくなった。
ドロやお菓子のカスで汚れた顔から、クリクリ輝く瞳で興味タップリに、眼の細いアジアのお姉さんに甘えてくる。
顔にかかる長い髪を、もみじより少し大きな手のひらで掻き分けながら、ナイフを持っているかと聞く。
「なんで?」と聞きかえすと、履き古いしたブーツを指さした。靴の底がぺろんと剥がれかけていた。
「持っていないよ」というと、彼女は近くのバーへ走り、お持ち帰り用の窓から店主にはさみを借り、石畳に座り込み靴の底を切りはじめた。

彼女たちもおばあさんもアジアのお姉さんのことがとても気に入ったのか、会うとキスの嵐を浴びせ、手を引っ張り、公園へ行こうという。付き合うときりがないから、適当に話して切り上げるのだが、いつもいつも、人懐っこく絡みついてくる。

しばらくして、孫たちの姿が見えなくなり、おばあさんがひとりで編み物をする姿だけを見かけるようになった。
「マリアは?」と上の子の名前を聞くと、おばあさんは大粒の涙をこぼしながら、「ポルトガルに行った。あの子達の両親がやってきて、二人とも連れて行った」
そして、「ひとりぼっちだ、一人ぼっちになっちまった・・・・」、おばあさんは大声で、泣いた。

その後。今年の夏の始まりの頃。
おばあさんと初めて会った教会が大掛かりな修復工事を始めた頃、おばあさんはアパートの水も電気も切られ、追い出されてしまった。そして、近くに住む「娘」のうちに厄介になり始めた。
一度遊びに行った。玄関を開けたところにある、薄暗く煤けた細長い居間のソファに座って話しこんだ。仮住まいで肩身が狭そうだった。以前のアパートではうれしそうにコーヒーをご馳走してくれたが、新しい住まいでは、台所の奥を覗きながらも、「ものが片付かなくって」ってこぼしていた。やがておばあさんは「娘」のアパートからも出た。

しばらくぶりにあったとき、「キャラバンで暮らしている」と、ぽつんと一言。誰と暮らしているのかは知らない。「ロマンチックね、楽しい?」と聞いたが、首をかしげて寂しそうに笑うだけだった。

先週ばったり会ったとき、ポルトガルから弟のほうが帰ってきたと大喜びで教えてくれたが、この日連れていた男の子は、違う子だった。

マリアは今頃、ポルトガルで何をしているのだろう。いや、何をさせられているのだろう、と心配する。たとえ悪い境遇にあったとしても、どうか、売春だとかそういうこと以外であってほしい。


おばあさんは今晩、キャラバンでどんなノチェ・ブエナを迎えるのだろう。
スペイン語のクリスマス・イブは「ノチェ・ブエナ」。 「善き夜」という意味だ。
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by hamster_paso | 2004-12-25 03:56 | foto スペイン Spain

【写真】 スペインの夜のいちじく

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先日の霧の夜、古い城壁の裏にある無花果の木も、淫靡に輝きました。
いちじくといえば、アダムとイブ。ヨーロッパではとても大切な果物で、無花果好きな人がたくさんいます。日本の無花果よりも甘い気がする。

乾燥イチジクも大人気。甘酸っぱくて、そのまま食べても、煮てヨーグルトにかけてもおいしいくいただけます。乾燥イチジクの裏にぎっしり詰まっている、噛むとさくさくお菓子のような歯ごたえのある種が、私は好きです。煮たものと寒天を混ぜ、あんこをひとさじ落とし、あんみつ風にしても、おいしいに違いないです!!もちろん、ミツは黒蜜で。

アダムとイブ、ときたところでクリスマスに引っかけようしたのだけれど、あんみつの話になってしまいました。ああ、黒蜜のあんみつ食べたいな~。 
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by hamster_paso | 2004-12-21 08:30 | foto スペイン Spain

【写真】 なぞの影

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 なんだか不思議な物体の影が・・・。
 一目でこれが‘はしご’だとわかった方は、かなりのはしご通。
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by hamster_paso | 2004-12-19 23:39 | foto スペイン Spain

漢字のススメ 漢字学者・白川静さんの言葉に感じるもの

04年12月16日の毎日新聞のネット版に、見逃してはならないインタビューがあった。

特集WORLD:
年の暮れに思う この国はどこへ… 漢字学者・白川静さん


(特集WORLDってするところがいかにも‘ヘンな日本’の新聞。しかも定冠詞THEがついていない。ところで、MUNDOでも、MONDEでもいいはずなのになぜWORLD?「世界」じゃだめなの? ああ、英語の奴隷だよな・・・。とつい文句の出たくなる題だが、内容はいい。記者の言葉はダメだが、白川静さんの言葉が、すごい)

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/archive/news/2004/12/13/20041213dde012070096000c.html


白川静さんの言葉には、ものすごく深い意味が潜んでいる。 抜粋してみた。

「春秋の筆法で言えば、これを附庸(ふよう)という。属国のことだ。同盟という言葉でごまかしているが、首都の近くの空港を彼らが使っておって、首都の入り口の軍港を彼らが使っておって、こんな同盟がどこにありますか。日本もアメリカに対して同じことをやっておれば同盟です。実はつけたしの国、アメリカプラスワンです。極めて不名誉なことです。都を攻め滅ぼされて、城下で講和を結ぶ、これを城下の盟(ちかい)といいます」

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「だいたい、アラブ系の民族は、かつてヨーロッパや地中海を支配するほどの大勢力を築いたんです。彼らが自浄作用によって自分の国が治められんという、そんなことはない。西洋史の半分は彼らが占めておる。そんなものを無能力者扱いして、軍を出すのは、なんぞ裏に思惑があると思うのが普通です。春秋に義戦なしという。春秋時代には多くの戦争があって、彼らは正しいと主張して戦争をやった。だけどもわずかのちの孟子が、春秋の歴史において、およそ正義の戦いというものはないと喝破している」


「そこだよ。かつて東アジアの世界は理念的にひとつであった。それを私は東洋と呼んでいる。その血脈をなすものが漢字である。それがいま、分裂している。政治の分裂がそのまま文化の分裂に反映している。日本語も朝鮮語もベトナム語も、半分以上、漢語です。統一した漢字を使えば、これは容易に意思疎通(注・本来の字は疏通)できる。東洋を回復したい。古典が読めないのは歴史を切り断つことである。そういうところでは本当の平和は生まれん。文字文化を回復することが東洋の平和につながる」

ちなみに、わたしの心のに一番響いたのは、

「その血脈をなすものが漢字である。それが今、分裂している。政治の分裂がそのまま文化の分裂に反映している」

台湾で漢字を自分の中に取り戻して以来、私の中では実に簡単にアジア人としてのアイデンティティが生まれた。つまり、自分をアジア人と同一視できるようになり、日本人である前にアジア人としての自分を考えるようになった。白川静さんのおっしゃるように、漢字を取り戻したおかげで、台湾と中国だけでなく韓国人ともベトナム人とも繋がり、アジアの問題がよくわかるようになった。沖縄の問題の核心が、よく見えるようになった

アジアの問題全てが自分の存在に関わってくるし、自分を語るときにはアジアの視座がないと説明できない。フランスに住んでいたときも、ここスペインでも、アジアの中をすいすい泳いできたし、漢字と食料品によって彼らアジア人とたちまち繋がる。

私という人間を説明する場合、もう‘日本人’だけじゃ足りない。それはおそらく、‘日本人’という概念が新しすぎるからだ思う。このことに‘日本人’が気づくまで、‘日本人’は‘日本人’の問題を抱え続けるのだろう。

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もうひとつ、漢字を知るっておもしろいなあ、と感じていることがある。夏目漱石も森鴎外もすらすら読めるようになったことだ。日本語の読み方がわからず中国語的発音のまま目で追ってしまうこともあるが。「ああ、このことばが日本でも使われていたのか」と楽しい発見の連続で、本が手放せなくなる。

皆様に、漢字の取戻しを絶対オススメ! ‘日本人’から脱するためにも、ぜひ!!
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by hamster_paso | 2004-12-16 22:42 | 日本の問題 Japon

ジャーナリズムをやるということ

台湾の大学院で6年間もジャーナリズムを修めた私。ロンドンのGINKOさんの記事に、ジャーナリストになりたければ5年も6年もかけてジャーナリズムをやるなよ、とあり、ドキドキッ! そ、それって私のことですか、って夢でうなされそうになりましたよ。やっぱ、青春過ぎた女の6年って、大切ですもの。女を磨いていい男に遇うことに励むべき時期、臭い女学生寮で、髪振り乱して徹夜して、PC叩き打ちしてレポート書くっていうの、気の毒で目も当てられないものね。女棄ててましたよ、あの頃。自分を振り返ってもなんだか哀しい。え、GINKOさんの視点は、金持ち日本人がイギリスの大学に金ばらまきつつだらだらやっていることへの叱咤? 女ざかりを無駄にするなよー♪ は、そうか、越冬ツバメだった。
★参考までに★
日本人だけのパーティーで、いろいろ発見!

さて、ジャーナリズム。これを6年もかけてやりながら思ったのは、なんで義務教育で教えないんだ!と言うことに尽きる。今は幼稚園にあがる前からメディアに囲まれる時代。メディアの持つシステム・影響力・問題点を知らずして、どうしてメディア社会で生きることができるのだ!! と学校教育に対して怒りが沸騰した6年でもありました。

たとえば、ジャーナリズムでまず最初に研究する理論のひとつは「議題設定」。ニュースは商品ですから、新聞は売れないといけない。それが情報ビジネスやジャーナリズムの大前提にあるのです。その上で、どのように売れるようにするか、世論をどの方向に仕向けるか。政治の話題、健康、環境問題・・・、どのニュースを一面トップに持ってくるか、などが、テレビ局、新聞社、雑誌社など媒体提供側が話し合い、決めていく。こういうシステムについてはまず、国民全てが知るべきだと思う。

視聴者や読者は、それ、つまりニュースや記事など目にしたり耳にしたものに、知らぬ間に振り回される。「それ」が知らぬ間に意識の底に潜み、自分の人生観や価値観を決めて行く・・・・
つまり、メディアによって人は作られていく、という面があるのです。
いいメディアに接しないといい問題意識を持つ人間になれない。低俗なメディアにばかり接していると低俗な人間になってしまう。そういう深刻な問題を孕んでいるのです。

おっそろしいですよ。テレビ読まない、新聞読まない、というのが最良の方法かもしれないけれど、そうすると、人間付き合いに支障が出てくる。話題についていけない、あの人変よ、テレビ見ないんだって、って影で言われて。そんなんでもぜんぜん苦しくないと言うほど強い人ならいいのだけれど。テレビっ子のわたしなんてそんなの一日も持たないし、ナンシー関を座右のショから切り離すこともできないし。

そこでやはり思うことは、メディアの扱い方付き合い方は、義務教育に入れて、メディア初級を小学校で、メディア中級を中学校で、メディア上級を高校で教えるべきだと思う。もちろん、先生こそ、率先的に学ばなければいけないと思う。

でも、今日本で読めるメディア論って、とっつき難い専門書か専門雑誌。しかも、どれもつまらない。面白いのは、週刊文春とか新潮とかの、コラム類。義務教育中の生徒の手の届かないところにあるし。学研やベネッセ・コーポレーションとかの生徒向けの雑誌には、なにが書いてあるかは知らないけれど。でも、学校の教科にない限り、期待できるレベルではないだろう。

世の中がどうできているのか、自分は何をどう考えたらいいのか、自分は何に巻き込まれていくのか、他人の頭はどうなっているのか、人は世の中をどう見るのか。世界からメディアの影響を切り捨てたら、何が残るのか。こどもだって考える問題だ。大人だけの問題じゃない。

ところで、ジャーナリズム研究で面白いと思ったのは、新聞記事やメディアが使う言葉の分析だ。言説分析とも、ディスコース・アナリシスともいうのだけれど、文脈や言葉の裏に潜むイデオロギー、意義、狙いを分析したり、同じ類の言葉がいくつ出てきたかを分析することでその記事の持つ思想性を分析したりするもの。たとえば、「テロ(恐怖主義)」なのか「ゲリラ(遊撃隊)」なのか。「カストロ」なのか、「フィデル」なのか。「解放」なのか「占領」なのか。「侵略」なのか「進出」なのか。

他には、構造主義や哲学をかなりやらされた。大学時代に哲学を専攻した私にはなじみやすかったけれど、脱落し学校を辞めてしまった日本人の後輩がいる。かわいそうだった。構造主義や哲学の先に、映画や写真の批評もするようになった。映像や写真の中にあるコードを読み解くと言うもの。シンディ・シャーマンやメープルソープの写真のほかに、先生にぜひ台湾でも広めてほしくて、藤原新也のシリーズをしました。たのしかったなあ、この授業。さすが台湾だけあって、私の同級生に台湾の写真家の張昭堂の息子さんもいた。彼の家には王家衛の撮影でおなじみの杜可風もよく来ていたという話を教えてくれた。今思い出しても、おもしろい授業でした。

上智大学新聞研究所の博士課程からも留学生が来ていたけれど、聞くところによると、日本ではもう、台湾にあるようなメディア理論はすでになく、もっとコンピュータの専門的な分野に狭められてしまっているそうで、残念な気持ちがしてならない。

今日本に帰れたら、真っ先に飛び込みたいのが、こどもとメディアに関わる仕事。何とかしなきゃいけないと、遠いスペインで、毎日心を煮やしています・・・。
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by hamster_paso | 2004-12-12 20:06 | 日本の問題 Japon

【写真】えんとつ

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屋根には、こんな煙突が付いています。もう煙を吐くことはないけれど、いつも仲良く笑っています。なんだかおかしなえんとつですよねぇ。
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by hamster_paso | 2004-12-12 01:43 | foto スペイン Spain

霧の夜の焼き栗売り


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焼き栗、1包み1ユーロ。 約136円。 画用紙より薄くわら半紙よりは厚い紙をくるくると円錐形に巻き、アイスクリームのコーンのような形を作るおじさん。その中に適当な数の熱い焼き栗を入れてくれる。円錐形の包み紙を見るたびに、幼い頃、母親と一緒に行った魚屋を思い出す。壁から釣り下がった新聞紙をクルクルっとおじさんは巻き、その中にシラスがタップリ詰められる。家でも、広告を使ってよく真似をした。砂を入れたり、おがくずを入れたり。この巻紙を久しぶりに見たなあ、と思ったのはどこだっただろう。案外最近の、外国でのことだった。
きりのよのやきぐりうり。あかまきがみきまきがみ。パリでだったか、台北でだったか。
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by hamster_paso | 2004-12-11 08:59 | foto スペイン Spain

【写真】 トレド 霧の夜 

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ヨーロッパの多くの街は、霧が出やすいのかもしれない。トレドもたびたび、冬は霧に包まれる。

夕べは夕方から非常に濃い霧が漂い始め、空への逃げ場を逃した光という光が霧の中に散乱するという現象が起きていた。誘い込まれるように、霧の街をあてもなく、写真機を持ったわたしは歩き続けた。不思議な写真もたくさん撮れた。霧が世界を変えるのかぁ、とうっとりした夜だった。

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by hamster_paso | 2004-12-09 01:27 | foto スペイン Spain

コートジボワール・・・市民に発砲するフランス軍

世界中、イヤな事件ばかり。たくさんニュースが報道されても、これじゃいけないと思う人たちがたくさんいても、一向にいい風に改善する気配はないばかりか、追い風が吹くごとく、嫌な事件が反復している。

たとえば、今いやだなぁ、と思っていることのひとつは、コートジボワールの事件。

数週間前に起きた事件なのだが。コートジボワールの政府軍がフランス軍政府に先制攻撃をかけ、フランス軍は仕返しに、コートジボワールの戦闘機やヘリコプターを全滅させた事件があった(といっても、たったの数機)。一説によると、誤爆の可能性もあるという。反政府軍は、かなりフランスの意向に沿ったグループで、フランスは彼らを応援していた。そのときも、フランス軍が反政府軍のそばにいたという。反政府軍を攻撃しようとした政府軍が、焦点を誤りフランス軍に被害を出してしまった、そうだ。いずれにしてもフランスの仕返し直後、国連はフランスを支持した。

国連の支持は、「コートジボワールっちゃフランスのシマだろ。自分のお尻は自分で拭いてね」っていう風に聞こえた。こまごまとした戦乱にいちいち首を深く突っ込むよりも、その地の支配者に後始末してもらったほうがラクだし、手も汚れないというものだろう。

フランスで出てきた情報も、酷いものばかりだった。たとえば、内部情報満載の新聞「ル・カナール」によると、当初、フランス外相や内相たちは、仕返し攻撃することに反対していたという。攻撃を押したのは、なんと女性の防衛大臣。つりあがっためがねをかけているところや雰囲気が、私のイメージするロッテンマイヤーさんにそっくりなのだった。

彼女の頭の中には、ひょっとすると、サッチャーさんがいたのかもしれない。あわよくば、女性初のフランス大統領になれるかもしれないという計算があったのかもしれない。女の防衛大臣だからってバカにされたくなかったのかもしれない。いや、なんにもなくて、ただ、愛国心が爆発し、忠実に任務をこなしただけかもしれない。生真面目なだけで、悪意はなかったりして。・・・・・・彼女が心で何を考えていたかは、誰にも知る術なんかないだろうが。

そんなことはともかく、空爆よりさらに大きな事件が起きていた。フランス軍は無実の市民を乱射していたのだ・・・。少なくとも、数十人が亡くなったという。

フランス軍の仕返しに怒り、公園に集ってデモを行なっていた市民、とくに、Tシャツにジーンズ姿の大学生やヒップホップの似合いそうな若者たちめがけて、予告もなく、戦車を後ろに控えさせたフランス軍の兵士たちが実弾を発砲。空に向けての威嚇ではなかった。実際に人をめがけて射撃したこのシーンは、テレビカメラが捕らえ、ここ数日、フランスのテレビで繰り返し映し出されている。国際法に違反するこの行為に対し、コートジボワール政府はフランスをハーグに訴えるという。・・・・・・・

ハーグに訴えても、どうせ、レイプ事件がどうのこうの、と言いがかりをつけられて、フランスが謝罪する結果になんかならないと思う。また、レイプ事件は反政府軍がフランスと組んで出したニュースのように聞こえるし、フランス軍発砲事件は政府側が反フランスの気運を高める力になっているように見える。なんだかなあ、という気持ちは確かにした。が、それよりもイヤなのは、市民に発砲する兵士たちの表情だった。彼らがイラク情報を衛星テレビでチェックしているかどうかはわからないけれど、「イラクでもやっているからいいんじゃないかぁ」って納得しながら撃っているような顔をしていたように見えた。

でもきっと、この事件は、誰も責められもしなければ解決にも関心を示されずに、このまま放っておかれるのだろうと想像する。イラクに反対しても反対が届かない世界状況のなかで、このくらいの戦乱、関心の価値すらないみたい。煮え切らない世の中が加速していくような気がする。

しっかし・・・なんで、世の中は良くならないのだろう??? 
これだけニュースが溢れ、問題提起がたくさんなされているというのに・・・、学歴社会によって大学だのそれ以上の教育を受けている人も昔よりはるかに多いというのに、なぜ? 
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by hamster_paso | 2004-12-02 00:11 | 超わかり易い国際政治política